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会長 伊藤輝夫

 我が国の歯周外科学の胎動は、1979年日本口腔科学会において宿題報告「歯周外科の理論と術式」を担当した現会長伊藤輝夫によって、歯周病変に対する外科学的方法論がまとめられ、学会の場で公式に歯周外科の名称が発表された。

当時、歯周病を歯槽膿漏症の病名のもとに総括的疾患として捉えられ、外科治療は歯肉に対する根治治療として歯科医療のなかに位置付けられていたが、欧米の先進的臨床歯科学の発展とともに、歯周組織における研究と病態の解明が進み、歯周病の原因の解明と治療体系の確立が進められ、口腔臓器のなかの歯牙組織と骨組織を包む末梢組織である歯肉軟組織に対する治療法の特殊性と技術性、さらに疾患の予防を指向した治療法の研究開発が押し進められ、さらに、近代社会におけるQALが高度に求められ、顎・口腔の機能性と審美性の回復が、歯周治療学上、重要な位置付けとなった。

 こうした世界の先進歯科医療の潮流のなかで、1989年名古屋市において、伊藤輝夫会長を中心に若手臨床医が集い、第1回日本歯周外科学研究会が発足し、春秋季年2回の勉強会を開催し、海外研修、全国各地におけるセミナー開催により、歯周外科臨床の啓蒙と研鑽を重ね、多くの臨床医の関心と賛同を得て、会員の増加により会の充実を図るため、昭和63年に研究会の名称を、学会として運営することになった。

歯周外科学の理念
 歯周外科学とは歯周疾患に対する外科学的諸問題を体系づけたものであるが、その基本的行動である手術は、局所的原因を取り除くだけが目標でなく、歯槽骨とともに歯肉の外形を整え、歯周組織の調和的関係をつくり、生体の再生能生を活性化させ、破壊された付着系を再建、あるいは改善して歯牙と口腔の機能的、審美性を維持するとともに疾患の予防を指向する。